私、何チュウ?➁
考えさせられるこんな話があります。「天国の部屋と地獄の部屋を見せてあげましょう!」と2つの部屋に案内されるのです。
まず、地獄の部屋に案内されます。案内されたその部屋はとてもきれいな部屋で、真ん中に真っ白のテーブルクロスが敷かれていて、豪華な料理が並んでいるのです。上からは素敵なシャンデリアが照らされていて、テーブルの周りには人々が座っています。
えっ、これのどこが地獄なの?そう思ってよく見ると、テーブルの周りに座っている人々は左手を椅子に縛られて、右手には大きなスプーンがくくりつけてあるのです。だから、たくさんのごちそうが目の前にありながら、何度食べようとしても、長いスプーンのために料理を口に運べず、全部後ろにいってしまう・・・。怒った顔や困り果てた顔、そんな、とげとげした顔の人ばかりがそこにいる・・・。まさに、地獄の姿を表した部屋でした。
続いて、天国の部屋に案内されて行ってみると、なんと状況は全く同じだったのです。豪華な料理の前で、人々は左手を椅子に縛られ、右手に長いスプーンをくくりつけられている。
しかし、状況は同じなのに、そこにいる人たちの表情はまったく違う・・・。みんな穏やかで和やかに話をしているのです。それはなぜか・・・。よく見ると、そこにいる人たちはみんな料理を自分の口に運ぼうとしないで、長いスプーンを使って、互いに相手に食べさせていたのです。
物事を「自己中心」に考えることから、「周りの人中心」に変えると、当然、物事に対する見方・考え方・感じ方が変わっていきます。物事に対する見方・考え方・感じ方が変わっていくと、「心」が変わっていきます。きっと、穏やかで、優しく、柔軟な(自由な)心に変わっていくのだろうと思います。そんなことを考えさせる素敵なお話です。また、この話は、天国も地獄も、状況は一緒だという点が興味深いところです。つまり、その人の見方や考え方の違いで、同じ状況であっても、天国にもなるし地獄にもなる!ということがいえるのだと思います。
ほんのちょっと、見方や考え方を変えることによって・・・。私たちの毎日は、何かに縛られて生きていかなければならない毎日なのかもしれません。思い通りにならない毎日なのかもしれません。思い通りにならない、不自由な日々の連続なのかもしれません。
でも、何よりも一番、私たちを縛り付けているものは、実は、私たち自身の「心」なのかもしれません。「自分が」思うとおりにならない、「自分が」不自由だ、「自分が」食べたい、といったように自分のことしか考えられない「自己中心の考え方」・・・。それが、実は、もっとも自分自身を不自由にしている要因なのかもしれないのです。
「自己中心」の考え方は、周りに、優しさや思いやりを与えることができないだけではなく、自分自身の心も知らないうちに縛りつけ、不自由な心にしてしまいます。その「自己中心」の考え方から、「周りの人中心」の考え方に、自分の心を開放できたとき、きっと、心のゆとりが生まれ、穏やかで、優しい表情になり、相手の気持ちにそっと寄り添うことができる・・・。そんな心の「優しい」人になれるのだと思います。
チーム内で問題が起こったとき、あなたはどのように行動しますか?自分に関係ないのではなく、問題をみんなで考えてほしい。一人一人の行動がチームを向上させていくことはいうまでもありません。
さぁ、あなたは、何チュウ?