今日は3月22日。父親の命日ということで朝からお寺に行ってきました。もう3年間経ったのか…と思うと本当に月日の流れが早い!ということを改めて実感します。三股中に赴任して2年間だけ学級担任を外れたのですが、ちょうどその2年間が父のことで気をもんだ日々でした…。父の死を経て、学級担任に復帰したことを思い出します…。

さて、修了の日が近づいてきました。みなさん、学年の締めくくりの週です。どんな気持ちで明日からの数日を過ごしますか?『終わりよければ全てよし』という言葉があります。物事の結末が良ければ、そこに至るまでの過程はさほど問題はないというような意味あいで用いられることわざです。どのように考えますか?

本年度1年間の過程がどうであったのか?終わりがよければ、それでよいのか?全部が全部その言葉で片付けられるとは…私は思いません。しかしです、終わり、まとめがダメだったら、それは評価できませんし、過程がダメならばなおダメだと思います。ですので、やはり締めくくりはしっかりと、そして気持ちよく終わるべきです。それぞれの学年の総まとめの数日間を充実したものにしてほしいです。

気づけば冬季練習も終わりました(3月いっぱいは冬季練と位置づけているチームもあるとは思いますが)。昨日は、県記録会が行われレースを行った人達もいます。4月に入るといよいよシーズンインが本格化していきます。春先のレースは怪我がとても心配です。焦ることなく徐々に体を慣らしていってください。この段階での怪我はまぁまぁ致命傷となります。みなさんの冬季練習の成果を楽しみにしています。

本年度は、3月のわくわく練習会が実施できませんでした。よって、ライバルの仕上がりもなかなか確認できませんでしたね…。3月の実施が実現しませんでしたので、現在4月25日にわくわく練習会を実施する方向で準備中です。しかも今回は、”初”の延岡開催を目標にしています。要項等準備ができましたら追って案内させてもらいたいと思います。しばしお待ちください。

今日は、九州国際大附属と神戸国際大附属の試合をじっくり見ることができました。なかなか面白い試合でした。このカード、昨秋の明治神宮大会決勝と同じ顔合わせだったのですよね。今日も九国大の勝利で、神戸国大のリベンジはならなかったのですが、秋は11-1の大差。今日は、延長11回タイブレークまでもつれる大接戦…。ひと冬越えたら、やはり状況はかわってくるのですよね。良い試合を見させてもらいました。

それはそうと、春の高校伊那駅伝で男子の小林高校が見事優勝していました。初優勝だそうですね。ネット上でだいぶ話題になっています。古豪小林や名門復活等のワードで。全国中学駅伝も男子は3年連続入賞中です。なかなかよい流れがきているような気がします。さぁ、本年度最後の週を頑張っていきましょう!!【三股中:田原】


1600mリレーを走る前の独特の気持ち…。気持ちというか、何というか…。手足に力が入りにくい感覚というかなんというか…。とにかく具合が悪くなりそうな感じになっていました。走ったことのある人にしか分からない世界です。きっと…。でも、スタンドで見ているとめっちゃ面白いし楽しいのです。そして走りたくなる。でも実際走るとなると具合悪くなるという、なんとも言えない種目がマイルリレーです。

中学校の大会では、当然ながらありませんので、なかなか中学生が経験することはないのです。しかし、昨日の延岡スプリングチャレンジでは、そのマイルリレーが経験できるということで参加をしてきました。もちろん最終種目です。大いに盛り上がりました。ゴールデンゲームズばりの空気感の中で走れることは聞いてはいましたが、本当に大盛り上がり。楽しませてもらいました(見てるだけなので)笑。来年も是非参加したいなぁと思いながら帰ってきました。

ところで先日、溝口先生の投稿【3/2最近のマランは面白い!】を見て、直ぐに反応したかったことです。それは、「攻めの走り」というワードに対してです。1人で飛び出すレースと聞いて、真っ先に「田中康靖」選手の名前が頭に浮かびました。当時、飫肥中の田中君です。2014年丸亀全中に1500m、3000mの2種目で出場した選手です。

小林中の鶴君に破られるまで、3000mの県中学校記録をもっていた選手なのですが、それはそれはスタートからの飛び出しは凄まじかったです。まるで短距離レースかのような飛び出しをする選手でした。おいおい、どこまでもつ?このままゴールまでいくのか?みたいな感じで毎回レースを楽しませてもらっていたことを思い出しました。

実際、2014年に田中君(飫肥中)、隈元君(高鍋東中)が標準記録を突破してから長らく男子長距離も冬の時代が続きました。そこで、長距離ブロックを11月の練習会に参加できるように企画しました(それまで長距離のみ無かった)。すると間もなく、その企画がどのような効果を発揮したかは分かりませんが、鶴君(小林中)のような選手が出始めました。そして現在、県勢3年連続全中駅伝入賞みたいなところまできています。

シーズンインも近いのですが、大会ではなかなか思い切ったレースはしづらいかもしれません。記録会あたりでチャレンジしてみるのはよいかもしれませんね。まさに、このペースでつっこんでみて、どこまでもつのだろう…。みたいなレース展開でしょうか。

そして奇しくも今日、横田選手(よこたっきゅう)の引退記事を目にしました。田中選手と横田選手、私の中でピ~ンと繋がる出来事があるのです。それは、和歌山国体少年男子B3000m決勝…。接触があったのですよね~。横田選手は失格に。それで田中選手の順位は繰り上がりの銅メダル。懐かしい気持ちになりました…。【三股中:田原】


明日は、県内中学校の多くで卒業式ですね(すでに終わった学校も数校ありますが)。3年生のみなさんは、どのような心境で卒業式前日を過ごしているでしょうか。また、3年生の担任の先生方は…。私も昨年は3年生の学級担任をさせてもらっていました。1年って早いな~とつくづく感じます。

そころで、卒業式って何の略ですか?はい、「卒業証書授与式」ですね。多くの学校は、卒業証書授与があるのではないでしょうか?今はどうなんですかね?三股中学校は、当然ありません。そうです、人が多すぎて学級の代表1名しか授与できません。その他大勢は、返事のみ。学級卒業式で初めて証書を手にします。式ではここがメインですので、それがないのは可哀想なのですが仕方ないですね…。

大淀中に赴任した時のことです。当時、卒業証書授与を行っていませんでした(代表形式)。あり得ない…。私は2年生担任でしたので、来年は絶対に1人ひとりの卒業証書授与をしてやりましょう。学年主任とそんな話をしました。その時、6学級でしたが、十分やれる範囲だと思いましたよね~。結果その年から、卒業証書授与が復活しました(実際は復活かどうかわかりません…。初だったのかも。まぁまぁ生徒数多い学校ですから)。

ところが、みなさんもう忘れそうになっているコロナ禍でまた様相が変わっていきましたね…。卒業式に限らず、諸々の学校行事も…。それこそ今日確認をしました。今の大淀中事情を。そしたら、やはり今は代表で行っているとこのことでした。コロナ対策から、その流れできているのですね。ひょっとしたら、そんな学校が多いのですかね?個人的には寂しい感じがします。

卒業式の練習も、授与に関わる作法等がメインだったりするので、それがないとなると楽は楽なのですが…。コロナ禍仕様から元に戻してやってもよいのではないかな~と思ったりします。とは言っても、、、三股中の9学級ではさすがに無理ですね…(笑)。

それはそうと、三股中の1年生は卒業式に参加できないのです。まさに人が多すぎて体育館に入りきれないからです。卒業生、在校生(2年生)、保護者、職員、来賓で1000人を超えます。これでは、さすがに…。よって、入場前に歌を贈ります。そのリハーサルを金曜日は行いました。仕上がりは…、6割程度でしょうか。本番は、もっと気持ちを込めて合唱できるとよいなと思っています。

さて、卒業生の一番の見せ場は何でしょう?話が戻りますが、卒業証書授与の時の『返事』です。”はいっ”というたったこれだけの言葉に、3年間の思いを込めて発してほしいです。三股中で言うと、1000人以上の人がいる静まりかえった中で、自分1人のみの声が響く瞬間となります。ここをやり切れなかったら、3年間は何だったの?こうなると私は思います。

練習日誌を見ていると、予行練習で陸上部の先輩達の返事に気合いが入っていたと書かれていました。先日、だいぶ語りましたからね。これでダメならアウト!です。今年は私も式場に入ることができません。2年生からその様子を聞くしかないのですが、やり切ってくれると信じています。

卒業式に参加できる1、2年生のみなさんは、是非『返事』を意識して聞いてみるとよいですね。あ~長いな~、面倒だな~ではなく、集中して返事を聞くだけで時間の流れも速く感じるものですよ。私は、卒業式だけでなく、入学式も◎、○、△、×、××、×××、××××…。みたいな感じで必ず全員を評価します。卒業式前に、「入学式の返事は×3つだったぞ、それが立派な◎に成長してる、さすが!」なんて声かけすることもよくあります。本当に成長するんです、中学校の3年間って…。

明日は、卒業証書授与式です。各中学校立派な式になることでしょう。卒業生のみなさん、義務教育が終わりました。これからが本当の勝負ですね!応援しています。頑張ってください!!【三股中:田原】

考えさせられるこんな話があります。「天国の部屋と地獄の部屋を見せてあげましょう!」と2つの部屋に案内されるのです。

まず、地獄の部屋に案内されます。案内されたその部屋はとてもきれいな部屋で、真ん中に真っ白のテーブルクロスが敷かれていて、豪華な料理が並んでいるのです。上からは素敵なシャンデリアが照らされていて、テーブルの周りには人々が座っています。

えっ、これのどこが地獄なの?そう思ってよく見ると、テーブルの周りに座っている人々は左手を椅子に縛られて、右手には大きなスプーンがくくりつけてあるのです。だから、たくさんのごちそうが目の前にありながら、何度食べようとしても、長いスプーンのために料理を口に運べず、全部後ろにいってしまう・・・。怒った顔や困り果てた顔、そんな、とげとげした顔の人ばかりがそこにいる・・・。まさに、地獄の姿を表した部屋でした。

続いて、天国の部屋に案内されて行ってみると、なんと状況は全く同じだったのです。豪華な料理の前で、人々は左手を椅子に縛られ、右手に長いスプーンをくくりつけられている。

しかし、状況は同じなのに、そこにいる人たちの表情はまったく違う・・・。みんな穏やかで和やかに話をしているのです。それはなぜか・・・。よく見ると、そこにいる人たちはみんな料理を自分の口に運ぼうとしないで、長いスプーンを使って、互いに相手に食べさせていたのです。

物事を「自己中心」に考えることから、「周りの人中心」に変えると、当然、物事に対する見方・考え方・感じ方が変わっていきます。物事に対する見方・考え方・感じ方が変わっていくと、「心」が変わっていきます。きっと、穏やかで、優しく、柔軟な(自由な)心に変わっていくのだろうと思います。そんなことを考えさせる素敵なお話です。また、この話は、天国も地獄も、状況は一緒だという点が興味深いところです。つまり、その人の見方や考え方の違いで、同じ状況であっても、天国にもなるし地獄にもなる!ということがいえるのだと思います。

ほんのちょっと、見方や考え方を変えることによって・・・。私たちの毎日は、何かに縛られて生きていかなければならない毎日なのかもしれません。思い通りにならない毎日なのかもしれません。思い通りにならない、不自由な日々の連続なのかもしれません。

でも、何よりも一番、私たちを縛り付けているものは、実は、私たち自身の「心」なのかもしれません。「自分が」思うとおりにならない、「自分が」不自由だ、「自分が」食べたい、といったように自分のことしか考えられない「自己中心の考え方」・・・。それが、実は、もっとも自分自身を不自由にしている要因なのかもしれないのです。

「自己中心」の考え方は、周りに、優しさや思いやりを与えることができないだけではなく、自分自身の心も知らないうちに縛りつけ、不自由な心にしてしまいます。その「自己中心」の考え方から、「周りの人中心」の考え方に、自分の心を開放できたとき、きっと、心のゆとりが生まれ、穏やかで、優しい表情になり、相手の気持ちにそっと寄り添うことができる・・・。そんな心の「優しい」人になれるのだと思います。

チーム内で問題が起こったとき、あなたはどのように行動しますか?自分に関係ないのではなく、問題をみんなで考えてほしい。一人一人の行動がチームを向上させていくことはいうまでもありません。

さぁ、あなたは、何チュウ?

私たちは、相手の気持ちを聞くことを忘れ、相手の話をさえぎったり、自分のことだけを言ってしまうことが多くあります。「昨日は塾が大変で・・・。3時間もあって・・・。それに・・・。」と言ったところで、「自分なんか5時間。3時間なんていい方」と言ってしまう。

相手の話したかったことは、実は、もっと他にもあったのに勝手に自分の話を始めてしまい、相手の話の腰を折ったり、気持ちをそいでしまう・・・。これはきっと、気持ちが「自己中心」になっていて相手のことが見えていないからなのかもしれません。

さて、みなさんにこんな話をして分かるかどうか?と思いながらも・・・。
家庭円満の秘訣として、『「の」の字の哲学』というのがあるそうです。
例えば、夫が会社から帰ってくる。
「あぁ、疲れた・・・。」と言ったときに、「そう、疲れたの。」と言ってあげる。
それが「の」の字の哲学だということです。
「あぁ、疲れた・・・。」と言ったときに、「疲れたのはあなただけじゃないわ。」などと言わずに、相手の気持ちを、そのまま受け止めるとき、家庭に平和が生まれる!というお話でした。

また、こんなことを聞いたこともあります。
ある方が入院していました。その方は眠れない日が数日続いていたそうです。
そこで、お医者さんにそのことを訴えたところ、「そうですか。薬の量を増やしましょうか?薬を変えてみましょうか?」と言われたそうです。
同じことを看護師さんに訴えると、「つらかったでしょうね。夜が長かったでしょうね。」と言ってくれたそうです。
「私は看護師さんのその言葉で、ずいぶん救われました・・・。」と、その方はおっしゃっていました。
お医者さんの言ったことは、いわば、処方箋的な答えだったと思います。
それは、決して、不親切ではないけれども、親切でもなかったわけです。
もう少し、「やさしさ」や「思いやり」があれば、他の言い方ができたのかもしれません。

だから、言葉って難しいし、人の心って難しい・・・。だからこそ、そこに目を向けることはとても価値があることだと思うのです。人に優しく接するためには、相手の気持ちに寄り添おうとする「心のゆとり」が必要になります。

ひょっとすると、心にゆとりがない人が自己中心の考え方になっていくのかもしれません。逆に言えば、自分の考え方を「自己中心」の考え方から、「周りの人中心」の考え方に変えていくことが、「心のゆとり」を生むことにつながっていくのかもしれません。

「優しい」という字は、「人」を表す「にんべん」に「憂」と書きます。何か苦しいことや悩んでいること、不安なことやつらいこと、そんな様々な「憂い」をもった人のそばに、そっと寄り添っている。そんな字に見えてなりません。(明日に続く)

この言葉、陸上競技場で見かけたことはないですか?それこそ、今”ピ~ン”ときた人は、とても敏感です。大変素晴らしいと思います。この言葉は、長崎県の名将、木戸先生(=男子三段跳日本高校記録保持者の山本凌雅選手の恩師)からいただいた言葉です。

別に陸上選手だから敏感でないといけないということではないと思います。人として色んなことに対して敏感であるべきだからです。でも、陸上競技の選手はやはり、敏感さが極めて重要だと思います。

まず、自分自身の体の状態や体調のコントロールができないといけません。疲労の度合いや痛み、体の調子について敏感でないといけませんね。もちろん、レース前はW-upをしながら調子のよしわるしについても気づくべきです。

ライバル選手の仕上がりやライバルチームの状況にもアンテナを張っておくべきです。そうですね、、。みなさんは天気予報をどれくらいの頻度でチェックしていますか。天気の変化や天候の状況についても、自分なりの予測をしておかなければなりません。

顧問の先生が練習計画を立てるので、それに乗っかっておけばよいかというとそうでもないです。週末は天気が崩れそうだ、、、とか明日は朝の冷え込みが強そうだ、、、とか。ぼ~っとしている人は充実したトレーニングにはならないかもしれませんし、直ぐに体調を崩すことにも繋がりそうです。

自分自身のスキルアップしてきている所に気づいたり、逆に課題にも気づけないといけません。以前、感性の話もしましたかね?気づく感性です…。練習の準備等でも状況判断が必要です。何か道具が足りないと気づけば直ぐに動かないといけませんし、練習時の片付けや大会時の陣地でも忘れ物に気づく敏感さは求められます。とにかく…鈍い人はダメです。せっかく中学生の可能性は無限大なのに、その可能性を狭めてしまいます。”鈍感ではいけない!敏感になれ!!”です。

ところでみんさん、この写真を見てください。何を意味しているか分かりますか?そりゃ分かりませんよね…。これはですね、昨夏沖縄で購入した私のサコッシュです。何かイメージできますか?そう、三股中のユニフォームカラーっぽくないですか?おぉっと思ったので、購入したのでした。

私は全中期間ずっとこれを使用していたのですが、我がチームの関係者は誰ひとり反応する人は現れませんでした。鈍い…。まさに敏感さに欠けるという話です。わざわざ購入したのでしたけどね…。そこで先日、卒部式の冊子に何気なく書いたところでした。誰か気づいて反応できていたら、もっとよい結果が残せたのかも…と(笑)。まぁでも、実際ちょっと悲しかった。

ところがです、宮崎に戻ると、、、。「先生それ三股カラーですねっ」と直ぐに反応してくれる部員がいるじゃないですか。とても嬉しかったですし、うんうんそれそれ、その敏感さを求めてるのよね。そのように思いました。それ以降、その選手をどうにかしてやらないといけない!そんな気持ちが高まったことは言うまでもありません。このような何気ないところにもアンテナを張って、反応できることって凄く大事だと私は思います。

結局そういうことなのです。鈍感な人って、世の中のどんなことにも気づかなかったり、気づくのが遅れたりします。でもそれじゃダメなのです。敏感でないといけません。物事の変化に気づく力は、めちゃくちゃ大事です。冒頭にも述べましたが、陸上競技選手として成功をおさめるためには、かなり重要な要素だと思います。

みなさん、『鈍感ではいけない!敏感になれ!!”』です…。恐らく大会会場で見ることができます。このワード!是非探してみてください。【三股中:田原】

2年生の体育理論に、「運動やスポーツの学び方」という単元があります。
技術とは、種目に応じた合理的な動かし方。
技能とは、それを身につけた状態。

皆さんは技術練習を行う際、どのような思考で取り組んでいますか?
種目に応じた合理的な動かし方とされている技術は「できない」でよいのか?
いいえ、あなたがその種目で力を発揮したいのであれば確実に習得し、技能にすることが最低条件になると思います。
「できない」の前に、「理解していない」ではないだろうか。
「できない」の前に、「動かせない」ではないだろうか。
「理解していない」のであれば、「知識」を手に入れなければ解決しない。
「動かせない」のであれば、「体力」の改善が最優先となる。

技術練習こそ、探究心をもって集中して取り組むべき。何も考えないで行う技術練習ほど無意味なものはないと思います。
思考を変化させることで、「できない」自分への危機感が出てくるはず。
早く気づき、取り組み方をかえ、できる技能を増やしていこう。【西小林中:信時】

先日、第2回宮崎市ジュニアアスリート強化練習会が行われました。今回は青山学院大学陸上部と合同練習でした。青山学院大学と言えば駅伝が有名ですが、陸上部の女子も一流選手がたくさんいます。

関東インカレでは女子100mで1位から3位は青学の選手でした。そんな大学生達と一緒に練習し、多くのことを学んだことでしょう!冬季練習も終盤です。頑張っていきましょう!【大淀中:河野】

まもなく卒業、進級ですが・・・「立つ鳥あとを濁さず」ということわざを知っていますか。簡単に言うと、使った場所はきれいにしてから帰ろう、自分がいなくなったあとも、周りの人が気持ちよく使えるようにしようということです。つまり、このことわざは、最後まできちんと行動できる人になろうという教えです。移動教室で誰もいない教室、靴箱を見ると、納得することが多くあります。去ったあとにその人が見えるのです。どんな行動をしていたのかは、残された環境を見れば分かるからです。
例えば、学校でこんなことはできていますか?
・席を離れるときに机に椅子をきれいに入れる
・靴箱の履き物をそろえて入れる
・机の上の消しゴムのくずを集めて捨てる
・着替えをきれいにたたむ
・トイレのスリッパをそろえる
こうした小さな行動は、誰でもできることです。でも、続けてできる人は意外と少ないのかもしれません。
陸上競技は、自分との戦いのスポーツです。記録を伸ばすためには、練習だけでなく日頃の心の姿勢も大切です。きっと、みなさんも気づいているはずです。特別なことでなく、自分のいた場所を整えることなら、今すぐ始められます。環境を整えることは、自分の心を整えることにつながります。ぐんぐん記録を伸ばす選手は、普段の行動もどんどん美しくなっていく。そんな選手を目指して、今日から「立つ鳥あとを濁さず」を大切にしてみてください。
そして、きれいに整っている場所には、必ず誰かの気づかいや努力があります。その環境に感謝する気持ちも忘れないでほしいと思います。 【宮崎西中:大坪】

みなさんに、今日は少しだけ考えてほしいことがあります。それは、「2番目の人」 についてです。
世の中では、よく「1番の人」がすごいと言われます。大会で優勝した人、最初に何かに挑戦した人、最初に成功した人。確かに、それはとても立派なことです。
でも私は、学校生活を見ていて、本当に大事な人は、2番目の人ではないかと思うことがよくあります。
例えば、体育館や教室で荷物を置くときのことです。
最初の1人が荷物を置きます。その置き方は、人によってきれいなこともあれば、少しばらばらなこともあるでしょう。
ここで、2番目の人がどうするか。
もし、「まあいいや」と思って適当に置いたら、その後の人たちも、きっと同じように置いていきます。すると、あっという間にその場所は散らかってしまいます。
でも、もし2番目の人が、「少し整えて置こう」そう思って荷物を並べたらどうでしょう。
3番目の人は、その様子を見てこう思います。「ここは、きれいに置く場所なんだな。」
4番目の人も、5番目の人も、自然とそろえて置くようになります。
つまり、その場の空気をつくっているのは、実は2番目の人なんです。
これは学校のいろいろな場面で同じです。
掃除のとき・・・給食の準備のとき・・・並ぶとき・・・スリッパを置くとき・・・。
誰かが完璧に始めるのを待つ必要はありません。
2番目の人が少し整えるだけで、その場は変わります。
そして、このことは大人になってからも同じです。
社会の中で、本当に周りをよくしていく人は、大きな声で指示を出す人だけではありません。
誰かのあとに続いたときに「少し整えて、次の人に渡す人」。そういう人が、周りを変えていきます。
だから私は、みなさんにこう思ってほしいのです。
必ずしも、1番にならなくていい。でも、もし誰かのあとに続くときは、「2番目の人として、場をよくする人」そんな人になってほしい。
世の中を静かに良くしているのは、目立つ1番の人だけではありません。
2番目の人、3番目の人の小さな行動が、その場所の文化をつくっていきます。
そして私は、みなさんの学校に、そんな「2番目の人」がたくさん増えたら、きっと今よりもっと素敵な学校になると思っています。
みなさんは、どんな 2番目の人 になりますか。【姫城中:安在】